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農学博士 中島春紫氏に学ぶ、
日本人の健康を支える”麹のひみつ”

2021.7.19
農学博士 中島春紫氏に学ぶ、<br>日本人の健康を支える”麹のひみつ”
麹は醤油・味噌・清酒の源です

「毎日発酵食品を食べています!」健康になるという理由でこう話す人が増えてきた昨今。でもなぜ発酵食品が身体にいいのか、発酵食品がつくられるメカニズムまでは知らない人が多いのでは? そこで発酵食品を科学的に研究している農学博士の中島先生協力の下、日本食文化に欠かせない麹がもたらす不思議な微生物の関係性をのぞいてみました。

中島春紫(なかじま・はるし)
明治大学農学部農芸化学科教授、農学博士。応用微生物学を専門とし、現在は麹菌のタンパク質の機能解析と応用利用を研究。遺伝子組換え食品やゲノム編集食品の安全性審査も務める。主な著書は『日本の伝統 発酵の科学』(講談社)など

麹は和食の根本を支える発酵食品の要

このふわふわとした白い物体、先に正解をいうと、これが発酵食品をつくるカビ、麹菌だ。そもそも健康にいいとされる発酵食品がカビの力によってつくられているという事実は、知らなかった人には衝撃的だろう。さらに、素材の旨みを引き出す調味料にも、麹菌をはじめとする微生物の力を借りてつくられる発酵食品があるというから驚くのも無理はない。

「麹」という言葉は、数年前に訪れた塩麹ブーム、「発酵」を用いたレストランの誕生によって美味しいものだと世間に認識されはじめ、家でも楽しめる身近な発酵食品として、納豆や漬物、味噌をはじめとする発酵調味料を健康や美のために取り入れている人が増えているのも事実である。

醤油、味噌、日本酒、みりん、酢など、微生物の力を用いてつくられた発酵調味料を使い、食材そのもののよさを引き出しているのが和食の基本。そして和食にさりげなく旨みを加えるのが、日本独自の麹菌の役割であるともいえる。「麹菌こそ、和食を和食らしくする根本であるといっても過言ではないんです」と話すのは、明治大学で微生物学を研究する中島春紫先生。また、先生は麹を「日本人のソウルフード」だと言う。

「海外旅行から帰国すると、無性に和食が食べたくなりませんか? 味噌汁や、醤油で味つけした煮物などを口にすると、不思議な安らぎを感じる人が多いはずです。麹を使った伝統食や、幼少期から食べ慣れた発酵食品は、日本人のDNAに刷り込まれたソウルフードだと言えます」

美味しく、栄養バランスがよく、長寿や肥満防止にもつながるという和食。そういった特徴から、ユネスコ無形文化遺産に登録されたことも記憶に新しい。和食の根幹には、麹菌という陰の立役者の存在があったのだ。

麹菌は栄養吸収を促す
アシスト上手な菌

四季をもたらす強い季節風により、気候が変わるモンスーン気候帯で高温多湿の日本は、カビが繁殖するには打ってつけの国。さらに南北に長い日本は、地域ごとに食文化が異なるために、独自の発酵技術が編み出され、結果的に風土に根ざした発酵食品を数多く生み出してきた。これが「発酵大国・ニッポン」のゆえんである。

食べ物を腐らせ、嫌な臭気を放ち、身体に害を及ぼす厄介者というレッテルを貼られるカビだが、発酵食品に用いられるのは、保存性を高め、食べ物の旨みを増し、身体の健康を維持・促進する、ありがたいカビなのだ。

麹菌を用いた発酵食品が身体にいいとされるのはなぜか。理由はさまざまにあるが、ひとつは麹菌の基本的な役割である“栄養成分の分解”にある。味噌を例にしてみよう。強固なタンパク質で構成された大豆は、麹菌の作用によってペプチドやアミノ酸に分解される。これにより体内での消化吸収がよくなり、栄養価もアップ。さらには、微生物の働きにより生じる酸味や香気成分はまろやかなコクを与え、食欲を増進させる。味噌の熟成中に生じたメラノイジンという成分は抗酸化作用を有するので、老化防止も期待できる。バンザイしたくなるほどに優秀な味噌の効能も、麹菌の作用によるものが大きい。

「人間に必要な三大栄養素は炭水化物、脂質、タンパク質ですが、タンパク質は、主食とする穀類と芋類にはわずかしか含まれておらず、確保するための副食物が必要です。そこで考えたどり着いたのが豆の存在。おもしろいのが、いつの頃からか、人類は肉を食べなくても豆を食べれば栄養失調にならないことに気がつき、豆類は必ず火を通して食していて、分解に時間がかかる大豆タンパク質の消化をよくするために考えられたのが、枝豆、豆腐、大豆もやしです。大豆に麹菌と耐塩性の微生物を作用させ、タンパク質をじっくり分解したものが味噌であり、醤油なんです」と中島先生は話す。そしてさらに興味深い事実を教えてくれた。

「発酵食品の製造に『アスペルギルス・オリゼー』という麹菌を用いるのは日本だけなんです。その理由は、オリゼーは野生のカビを日本人が飼いならし、家畜化した、日本固有の麹菌であるからなんですよ」

日本が発酵大国といわれるのは、この国菌による功績だったのだ。

発酵食品ができるまで

日本食に欠かせない発酵食品。いまも昔も、そのつくり方に大きな違いはなし! 先人の英知と工夫に驚くばかり。

1.食品に微生物「カビ」が付着

蒸した米や麦、煮た大豆、あるいは肉や魚といった原料に、カビや菌などの微生物を付着させるところからはじまる。日本酒の醸造においては、蒸し米にコウジカビの胞子を付着させ、2日ほど生育させると米麹が完成。

2.微生物が有機物を分解、栄養成分を生み出す

原料に付着した微生物はみるみる増殖し、原料がもつデンプンやタンパク質を分解。甘みや旨みの成分である糖やアミノ酸を生成。また腐敗を起こす菌や人体に害を及ぼす病原菌などの混入を防ぐ役割も果たす。

3.完成

微生物の活動である「発酵」と、じっくり寝かす「熟成」の工程を経ることで、旨み成分や栄養成分がプラスされる。保存性が高く、美味しく、人々の健康を支える発酵食品は、このようなプロセスでつくられている。

発酵食品が身体にいい理由は
麹のチカラが関係していた!

昔から身体にいいといわれてきた発酵食品。現代の研究から、その効能が明らかになってきた。発酵食品に欠かすことのできない麹菌。その作用によって得られる人体へのメリットを、大きく4つに分けて紹介しよう。

1.食品の消化を促し、栄養分の吸収を助ける

麹菌がつくり出す消化酵素により、食品に含まれるタンパク質やデンプンは細かく分解され、栄養分がスムーズに身体に吸収されるようになる。たとえばタンパク質の塊である大豆。大豆がもつタンパク質は胃の中で消化・分解されにくい硬い構造で、煮豆にしても実際は半分以下しか消化されずに排泄されてしまう。しかし納豆や味噌にすることによって、麹菌や微生物の作用でタンパク質が完全に分解され、消化吸収率がよくなり、栄養価が向上する。

2.食品の旨みを引き出す

旨みをたっぷり含む発酵食品。その旨みも麹菌がもたらす恩恵だ。食品に含まれるデンプンやタンパク質は無味無臭だが、麹菌がつくり出す消化酵素で分解されることにより、アミノ酸や糖などの旨み・甘みの成分となる。これは麹菌が自分の栄養分を確保するために食材に含まれるタンパク質を分解する過程で、味のあるアミノ酸・糖が生まれるからだ。また、香ばしさなどにつながる長期熟成による食品の褐色化「メイラード反応」にも麹菌がかかわっている。

3.食品の保存性を高めた塩漬け・干物・燻製、誕生のきっかけ

食糧が手に入らない時期を生き延びるために、あらゆる工夫を凝らしてきた太古の人々。彼らの命懸けの試行錯誤から生まれたのが、発酵食品などの保存食だ。食中毒を引き起こす腐敗菌を生育させないため、微生物の繁殖に欠かせない適度な「温度」、「水分」、「塩分」、「酸性・塩基性」という条件のどれかを除くのが合理的と考え、干物、燻製、冷蔵庫・冷凍庫での低温保存、塩漬けが誕生。一方、乳酸菌などの微生物は食材を酸性にして保存性を確保している。

4.日本のソウルフードを裏づける、ストレスを和らげる成分

ひと口すすれば「ふぅ〜」と心と身体に安らぎをもたらす味噌汁。味噌汁に限らず、食べ慣れた発酵食品を口にしてホッとするのは、それが日本人にとっての「ソウルフード」であるからにほかならない。近年、発酵食品の効能が見直され、摂取することで身体が整い、ストレスの軽減にもつながるという研究結果が出ている。また、優れた発酵食品が存在する地域には、長寿の人々が多いというデータも。心身を健やかに保つには、発酵食品が欠かせない!

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text: Kiyoko Hayashi photo: Asami Endo illustration: Honoka Yoshimoto
Discover Japan 2021年7月号「ととのう発酵。」


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