シンプルで潔く、使い勝手のよいうつわ
高橋みどりの食卓の匂い
スタイリスト・高橋みどりさんがうつわを通して感じる「食」のこと。五感を敏感に、どんな小さな美味しさ、楽しさも逃さない毎日の食卓を、その空気感とともに伝える《食卓の匂い》。今回はバウハウスの精神に基づいてうつわづくりを行う、マルガレーテンヘーエ工房のうつわを紹介します。
高橋みどり
スタイリスト。1957年、群馬県生まれ、東京育ち。女子美術大学短期大学部で陶芸を学ぶ。その後テキスタイルを学び、大橋歩事務所、ケータリング活動を経てフリーに。数多くの料理本に携わる。新刊の『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)が発売中
漆作家の友人宅を訪ねたときの食事の時間、各自の取り皿として用意され食卓にずらりと並んでいた四角い皿。素材は陶器、色はさまざまあり、ともすれば画一的でクールに感じる食卓が、何とも温かみのあるものに思えたのは、このうつわの存在なのだろう。これがマルガレーテンヘーエ工房のうつわと知ったのは後のこと。
その後訪ねたギャラリーで格子のように組まれた棚に、整然と並んだうつわ。皿、鉢、碗、急須、ピッチャー、ボトル、カップなど、アイテムは説明せずともそのかたちから実に明解。たくさんあるのにもかかわらず煩雑さを感じさせないのは、シンプルなかたちと選び抜かれた6種類の色で構成されているから。
人の手により生まれたうつわたちは、ろくろでひかれたであろう手の跡はないにもかかわらず、力強く引き延ばされている土の力を感じさせ、まさに潔い、美しいうつわだと思いました。思わず惹きつけられ、これが友人宅を訪ねたときの、あの印象的なうつわだということに気づきました。
そのうつわは、ドイツ在住の韓国人陶芸家リー・ヨンゼ(李英才)さんがディレクターを務めるマルガレーテンヘーエ工房のものだと知りました。
マルガレーテンヘーエ工房は、バウハウスの理念に基づいたうつわづくりを主軸に製作してきましたが、変遷を経て、1987年にリーさんが新たなディレクターとして着任したときに、もう一度バウハウスの精神に立ち戻り、職人と一緒に機能性と美しさを追求、いまの時代に適した食器の開発に務めたそうです。
リーさん自身は個人の陶芸家としての作陶を続けながら、工房の食器製作はディレクターに徹し、優れた技術をもつマイスターたちにろくろを任せます。そのかたち、釉薬、色合い、重さ、土、焼き方など、あらゆる要素が満足できるようになるまではたくさんの時間を要したといいます。
食器には、スープ皿、パン皿、ディナー皿などすべてに名前がついているのですが、それはあくまでもヨーロッパの人々へ向けての説明としてのもの。まずはそうして手に取って、実際に使っていくうちに自分の使い勝手の用途が見えてくるから、あとは自由に使いこなしてほしいという。
スタッフ全員でとる工房での昼食は、リーさんの母国である韓国料理のこともあれば、パスタにサラダもあり、お茶の時間にはケーキとコーヒーにと、自由自在に使いこなしている。かつての工房取材記事を見ると、何とも生き生きとした楽しそうな食の風景がそこにありました。
憧れたうつわは数年にわたり、浅い中鉢、小ぶりなボウル状の鉢、角皿など、自分の食卓に必要と思えるものを求めています。時に、鯵の干物に菜の花のからし和え、カリッと焼いたカンパーニュにゴボウのポタージュ。
少しずつ我が家の食卓の仲間となり、はじめは構えてしまってなかなか手が出なかったこのうつわたちに、もくろむこともなくスッと手が伸びるようになってまだ日が浅いのは、ようやくこの歳になって「食べることは生きることなのだ」と思え、「料理」だ「うつわ」だという枠から外れて、とても自由な気分になったからでしょうか。
text&styling : Midori Takahashi photo : Atsushi Kondo
2020年3月号 特集「SAKEに恋する5秒前。」