大分の手仕事を訪ねて。(前編)~木工・竹細工~
大分のものづくりが、いま国内外で注目を集めています。その理由を探りに、湯布院の木工、別府の竹細工の現場を訪ねました。
湯布院の木工
由布岳をはじめとする山々に囲まれ、美しい里山の風景が広がる由布院盆地。ここには地元の雑木を生かした木工が息づいている。
「うつわは料理を盛ってこそ、美しさが加速される」
湯布院の木工を語る上で外せないのが時松辰夫さんだ。40代で地元大分を離れ、東北や北海道で工芸を通したまちづくりを体験した後、帰郷して1991年に「アトリエとき」を開設。工房と展示室(店舗)を併設した研究所で後進の指導にあたる。「うつわは道具であって、料理を盛ってこそ美しさが加速される」という時松さんの言葉はとても力強い。
地球上に20万種ある樹木の中で日本に生育するのは2000種。そのうち加工に向くのは200種ほど。「木には木目、色、香り、質感といった神がつくった造形美があります。それぞれに個性があり、使えない木はないんです。職人はそこに技術をもって生活が豊かになるための機能美を加えるのが仕事。美しさのかたちは千差万別ですから、使う人に合わせた目標をしっかり立てることが大切です」
日本古来の技術を応用したひとつに「幸せの木の葉皿」がある。樹齢20年の、薪にしかならない雑木を3㎝の角材にし、木目の美しい面を揃えて貼り合わせ、木の葉型に削った一枚だ。「一等の面だけ揃えれば、揃いの美が生じます。それは樹齢200年の木に負けない気品がある。これが職人の役割。きっと木が喜んでくれていると思います」時松さんは職人として美を追求するのと同時に、地域の経済価値を上げる努力も欠かさない。それぞれの土地に合う美しさを地元が一丸となってつくっていくことの必要性を若手に伝えている。
時松さんと30年来のつき合いだという旅館「由布院 玉の湯」代表の桑野和泉さんは、旅館の料理のうつわに彼の作品を使う。木の種類はさまざま。決して主張することのないうつわだが、そこに季節の前菜が盛られるとこの地の豊かな風景が重なる。
「旅館のひと皿から地域を感じてもらえればうれしいです。素朴で温かみのある時松さんのうつわは、お客さまがこの町とつながる入り口になるのです」と桑野さん。雑木に新たな命を与える時松さんのうつわは、湯布院の美そのものだと言う。
節や虫食いの木材も、あえてその表情を生かす
時松さんの薫陶を受け、地元で活躍する職人の一人が「木屋かみの」の神野達也さんだ。神野さんは東京で家具デザインの仕事に携わり、時松さんの作業場の管理を経て2000年に独立。このところ人気が高まっているのが、ドライフラワー用の一輪挿しとキャンドルホルダー。節や虫食いのある材も使い、あえてその表情を模様として生かす。そこにはデザイナー時代に東京で磨いた繊細な流線美が生かされている。
地元で育った木を使い、一膳ずつ手作業でつくり上げる
「箸屋一膳」の西原慎一郎さんも時松さんの下で腕を磨いた一人。道路工事で切り倒された街路樹や森の間伐材といった地元の雑木で箸をつくっている。ゆえに木の種類は豊富で、トチ、ケヤキ、ウメ、カシ、サルスベリ、ユズなど30種類に及ぶ。生木が一膳の箸になるまでの道のりは長い。丸太をほどよい長さに切り、板や四つ割にして4年ほど乾燥させる。それを機械である程度のかたちにし、一本一本やすりをかけて仕上げるのだ。出来上がった箸は使うほどに手に馴染み、色が深まっていく。
別府の竹細工
日本一の真竹の産地である大分県。別府には日本で唯一の竹工芸の訓練校があり、別府竹細工の伝統は若い世代に受け継がれている。
別府の竹細工に世界が注目!
別府竹細工伝統工芸士の第一人者である大谷健一さんは、工房「竹楓舎(ちくふうしゃ)」で若手を指導しながら竹を編む。加えてプロモーションなどで海外へ出向くことも多い。別府竹細工は、いま日本国内はもとより世界でも注目されているのだ。
別府竹細工は全国に235品目ある伝統的工芸品のひとつで、1979年に通商産業省(現経済産業省)から指定を受けた。日本各地にある竹の産地では、真竹、孟宗竹、黒竹、根曲がり竹など、その土地の竹を使った竹工芸が発展している。別府竹細工の主材料は大分県産の真竹。油分を抜いて乾燥させ、象牙色になった竹で細く薄い竹ひごをつくり、編んでいく。緻密な網み目と優美な曲線は、しなやかで強い真竹という素材でこそ作り出せる美しさだ。
竹細工は、竹ひごを均一につくることが一番の基本と大谷さんは言う。「直径10㎝ほどの竹を、竹割包丁という道具ひとつで極細の竹ひごにします。つくるものによって幅と厚みを変えていくのですが、この竹ひごが均一に揃ってこそ美しい作品が生まれるのです」。下地に引かれた線に竹ひごを重ね、重石を使いながら、1本1本地道に丁寧に編んでいく。ひごが乾くと割れが生じるため、霧吹きで水分を補いながらの作業だ。編み目は「四つ目編み」、「六つ目編み」など200種類ほどもあるという。竹ひごのサイズと編み目の組み合わせで、実にさまざまな表情を出せるのが竹細工の魅力。新しい作品の場合、図案があっても最終的には手の感覚とセンスによるため、大谷さんのようなベテランでも数回の試作を経て完成するという。
そもそも別府では、1世紀頃から竹で編んだ籠やざるが使われていたと伝わる。室町時代には行商に使う籠が生産されるように。江戸時代になると別府が日本一の温泉地として有名になり、日本各地から湯治客が訪れる。お客が滞在中に使う飯籠、米あげざるといった竹の生活用品は土産品としても人気で、別府竹細工が広く日本中に知られるようになった。明治時代には土産品の域を越えた工芸品へと発展。その後日本で唯一の竹工芸の職業訓練校「大分県立竹工芸訓練センター」が設立され、全国から竹工芸士を目指す若者が集まる地盤が築かれた。大谷さんも竹に魅せられた一人。別府竹細工はこの歴史的な背景があってこそ、多くの人に響くのだと言う。「竹の魅力は、柔らかさと硬さを併せもっているところ。1本の竹で無限の表現ができるのです。使っているうちにエイジングしてどんどん愛着がわいていきます」
いま大谷さんの下では二人のスタッフが製作をともにする。若手が中心となる「BEPPU BAMBOO JAPAN」プロジェクトも注目され、別府竹細工は次世代に、そして着実に世界に向かっている。
今回ご紹介したスポット
2020年4月号 特集「いまあらためて知りたいニッポンの美」
文:増本幸恵 写真:福井麻衣子
≫江戸時代に途絶えた幻の臼杵焼を復活!大分・臼杵の手仕事と祈りの里を訪ねて
≫別府温泉郷の温泉気分が自宅でも!バスクリン「日本の名湯」