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さりげない彫目に魅了される漆のうつわ
高橋みどりの食卓の匂い

2020.9.2
さりげない彫目に魅了される漆のうつわ<br><small>高橋みどりの食卓の匂い</small>

スタイリストであり、いち生活者でもある高橋みどりがうつわを通して感じる「食」のこと。五感を敏感に、どんな小さな美味しさ、楽しさも逃さない毎日の食卓を、その空気感とともに伝えます。今回は矢沢光広さんの漆のうつわを紹介します。

高橋みどり
スタイリスト。1957年、群馬県生まれ、東京育ち。女子美術大学短期大学部で陶芸を学ぶ。その後テキスタイルを学び、大橋歩事務所、ケータリング活動を経てフリーに。数多くの料理本に携わる。新刊の『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)が発売中

以前、漆作家の友人と話をしたことがありました。「やっぱりうつわには、その作家の人柄が出るよね」と私が言ったら、「いやいや、でもすごくいいなあと思ったうつわがあって、その作家に会ったらまったくイメージが違ったということもあるよね。そんな時はどう対処する?」と聞かれ、言葉に詰まったことがありました。

料理を邪魔せずに、さりげなく引き立ててくれるうつわ、それでいてその存在価値もあるうつわとめぐり合うのはそう簡単なことではありません。つくり手からうつわを求めるというよりは、そのうつわに出合い、惹かれて求めるので、作家の方に会うことのほうが少ないのです。私の場合、そうして出合って使っているうちに、これをつくった人はどんな人だろうと思うことは多々あります。後に個展にうかがってお会いしたり、ときには工房へ押し掛けて話を聞くこともあります。

先の質問に答えるとするなら、まずはうつわに出合って、欲しいと思ったのなら、その作家がどうあろうとは考えずに求めますが、惹かれたうつわをつくる人への信頼の気持ちはあります。だからこそ、うつわを使い続けているうちに、そのよさにどんどん引き込まれてゆくと、バックボーンに触れてみたくなるのです。

矢沢光広さんのうつわは六本木のギャラリーで出合いました。はじめて見たのは20年以上も前になるでしょうか。マットな銀彩の菓子皿ですが、日本画の胡粉からなるような銀白色にうっとりもし、うっすらと感じるやさしい彫り跡が美しいものでした。撮影用ではありましたが、思わず真っ白な百合根の和菓子をのせました。たっぷりとしたお椀や、使い勝手のよさそうなお盆、「ああ、こんな茶托が欲しかった」と思うような、普段の生活の中のシーンがふっと浮かぶ矢沢さんのうつわ。そんな出合いから、かなりの時間を経て矢沢さん個人のギャラリーへうかがったのは数年前。矢沢さんは、うつわから受ける印象そのままで、おおらかで優しげだけれど、どこか頑固そう。ものづくりの姿勢に芯が通っている方でした。

矢沢さんは幼い頃から父の鎌倉彫りの仕事を目にしながらも、自分は木彫りを学び、現在の漆器のつくり手になりました。身近にあった木を彫るのが好きだったことや器用な叔父の影響もあり、物づくりのおもしろさに目覚めたといいます。誰かに褒めてもらうというより、自分が好きな物をつくりたいという気持ちが強い。そして幼いときからうつわに対しての意識が強くて、当時自宅で使ううつわへの好みもしっかりとあったそう。いつしかそれは実用の物をつくりたいという思いと重なり、お椀や小皿、お盆というかたちとなりました。

古い物にも惹かれ、多くの物を見て、触れてきた矢沢さん。よきものを見ればエネルギーもわき、「次にはこんなものをつくりたい」と創作の手は止まらないのだと、うれしそうに話をされていました。年を感じさせない創作意欲とその笑顔に、あの美しくもおおらかでやさしい印象のうつわが重なるのでした。

ノミ跡の美しいくりもののうつわ。素材は栗。日本酒の肴には、焼野菜にかぼす、ワインにはイチジクとコンテチーズを合わせる。「ときにはおむすびなどにも、自在に使える美しいうつわ」

鎌思堂の高台付丸皿溜塗
価格|1万1880円
Tel|0467-32-1471
定休日|木、日曜

text&styling : Midori Takahashi photo : Atsushi Kondo
2019年11月号 特集『すごいぜ!発酵』


≫伝統技法を今に伝える、輪島キリモト「輪島塗」

≫工藝風向 高木崇雄さんと九州筑後川流域へ進化する民藝と出合う。

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