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旅の目的にしたい!
再生・活用された日本の近現代建築12選

2026.5.14
旅の目的にしたい!<br>再生・活用された日本の近現代建築12選

既存の建築を生かしつつ、用途を変化させて活用する「コンバージョン」。育まれてきた歴史と現在の営みが重なる空間に滞在することで、その地域の風土に出合う。今回、建築史家の倉方俊輔さん監修のもと、再生・活用した12の建築事例をご紹介!

監修・文=倉方俊輔(くらかた しゅんすけ)
大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に伝える活動を行う。『建築を楽しむ教科書』(ナツメ社)など著書多数。

01|北野メディウム邸(兵庫)

兵庫県神戸市の「異人館通り」に位置する「北野メディウム邸」は明治20年代に建てられた。ロシア人貿易商スタデニック夫妻の私邸であったとされ、神戸北野異人館街の中でも最古の建物のひとつと考えられている。現在、北野メディウム邸はアフタヌーンティーとカフェ、レンタルスペースを中心に活用されている。

 


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02|半田赤レンガ建物(愛知)

1898(明治31)年に建てられた「旧カブトビール半田工場」、現在の「半田赤レンガ建物」。明治期の煉瓦造工場建築として国内でも有数の規模をもつ。この工場で生まれた「カブトビール」は時代の変化と戦争を経て幻のビールとなったが、2005年に復刻。現在の「半田赤レンガ建物」は、展示室やカフェ、ショップを備えた観光施設として活用されており、復刻されたビールも楽しむことができる。

 


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03|弘前れんが倉庫美術館(青森)

「弘前れんが倉庫美術館」は、1907(明治40)年から1923(大正12)年に建てられた煉瓦造の建物を活用し、美術館として再生した施設。リンゴの町として知られる弘前にあり、酒やシードルの醸造に使われてきた煉瓦建築だ。パリを拠点に活動する建築家・田根剛氏が改修を担い、現在では展示室、スタジオ、ライブラリー、カフェなどを擁する美術館に生まれ変わった。

 


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04|PORT ART&DESIGN TSUYAMA(岡山)

「妹尾銀行林田支店」として建てられたこの建築は、地域の金融を支えるとともに、都市が近代へと移行していく過程を担ってきた存在である。現在はアートとデザインの拠点として新たな役割を担っている。この建築は、銀行建築の格式と仏教寺院の重厚さを並べたものではなく、地域の中で建築が果たすべき品格を見極め、それを大正期の感覚でまとめ上げている点に特徴がある。

 


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05|札幌市資料館(北海道)

1926(大正15)年に「札幌控訴院」として建てられたこの建築は、札幌市の大通公園の終点を左右対称の構成で受け止めてきた。素材は、耐火性や保温性にも優れる「札幌軟石」が使われており、現存する札幌軟石建築の中でも最大級の規模をもつ。1973年、裁判所の移転を機に、この建物は「札幌市資料館」として使われるようになった。

 


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06|敦賀市立博物館(福井)

現在は「敦賀市立博物館」として使われているが、1927(昭和2)年に「大和田銀行本店」として完成した建築である。左右対称を基本とした立面は、街路に対して明確な軸をつくり、銀行建築に求められた信頼感をかたちにする。銀行として使用された後、資料館を経て、現在の姿に。2017年には国の重要文化財に指定された。

 


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07|さらさ西陣(京都)

京都市北区の鞍馬口通に面する場所に、1930年、「藤ノ森湯」として建てられた建物。約70年間銭湯として親しまれ、2000年に現在の喫茶店に生まれ変わった。さらさ西陣の最大の特徴は、脱衣場から浴室にかけて用いられた「和製マジョリカタイル」である。大正末期から昭和初期にかけて国内で生産された装飾タイルだ。植物文様や幾何学文様が連続的に配されいるので、壁面に立体的な表情と視覚的なリズムを愉しみたい。

 


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08|墨会館・小信中島公民館(愛知)

「墨会館・小信中島公民館」は、1957(昭和32)年、地元企業の本社として完成し、現在は地域の公民館として使われている。設計を手掛けたのは建築家・丹下健三。国際的な建築史に名を刻む建築家が、戦後の早い時期に取り組んだ仕事だ。自然光を取り込む工夫もなど機能性とデザイン性を兼備した世界的建築家の足跡をたどれる、訪れるべき日本の建築だ。

 


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09|ザ・ガーデンオリエンタル・大阪(大阪)

「ザ・ガーデンオリエンタル・大阪」として知られるこの建築は、1959(昭和34)年、大阪市の迎賓館として建てられた「旧大阪市公館」だ。戦後復興を経て、国際都市としての存在感を高めようとしていた大阪が、世界からの賓客を迎えるために用意した場だった。。現在は結婚式場やレストランとして使われ、一般の人々が日常的に足を運ぶ場所へと姿を変えている。

 


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10|笠間の家(茨城)

1981(昭和56)年、建築家・伊東豊雄氏による一軒の住宅が完成した。単純な構成でありながら、視点の移動に応じて印象が更新される点が、この住宅の特徴だ。内部に足を踏み入れると、細かく区切られない、連続した空間が広がる。1階はアトリエ、2階は住居として計画され、現在は展示やカフェとなっている。

 


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11|nimbus(福井)

1986(昭和61)年に完成した「nimbus」だ。設計は磯崎新と伊東孝。現在は内部が公開され、訪れる人が空間を体験できる場として使われている。オブジェのような窓や高い位置まで続く打ち放しコンクリートの壁が、住宅でありながら公共建築を思わせる雰囲気をつくり出す。現在はショップ、カフェとして使われ、訪れた人が滞在し、空間と向き合う時間を過ごすことができる。

 


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12|ある町医者の記念館/南の家(鹿児島)

かつて診療所があった隣地に、柔らかな弧を描く白い蔵のような建築が建っている。地域医療に尽くし、「赤ひげ先生」と慕われた医師・前原則知の歩みを伝える「ある町医者の記念館」だ。隣接して建つのが「南の家」である。屋根は低く抑えられ、形態は直線的。この2つの建築は、建築家・堀部安嗣氏のデビュー作にあたる。

 


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text: shunsuke kurakata 写真提供:堀部安嗣建築設計事務所
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」

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