クラフトビール東京代表 川野 亮さんが推すビール
Purple Sky Pale Ale/INTEGRAL
|私が夏に飲みたいお酒①
太陽が燦々と照らし、汗が滴る日本の夏。酒を飲みたくなるときもきっとあるはず。ビール、日本酒、スピリッツ、ワイン、焼酎……。酒のスペシャリスト6名がこの夏に飲みたい名酒を語ります。
今回は、ウェブサイト「クラフトビール東京」主宰の川野亮さんが登場。おすすめのクラフトビール2本を紹介します。
川野 亮(かわの りょう)
クラフトビールが飲める店を紹介するウェブサイト「クラフトビール東京」を主宰。これまでに400以上のブルワリーや店舗を訪問し、その魅力を発信し続けている
軽やかな味わいが遠い夏への郷愁を誘う
ひと口にクラフトビールと言っても、いまはとても細分化していて、150以上のビアスタイルがあるとされている。その中でも夏に飲むビールとして、まずおすすめしたいのがペールエールだ。
暑い夏に飲むなら、爽やかにすっきり飲めるビールがいい。ジューシーな柑橘香やほどよい苦みといったクラフトビールらしさを感じつつ、ごくごく飲んでみたいというとき、 ペールエールはぴったりな選択だろう。
クラフトビールの専門サイトをやっていることもあって、「一番好きなビールは?」、「初心者が最初に飲むべきは?」といった質問をよく受けるが、そういうときに挙げるのもペールエール。香りや苦みのバランスが一番いいビアスタイルだと思う。
ペールエールは17世紀のイングランド、バートン・オン・トレントが発祥。当時のビールは麦芽を乾燥させる過程で焦がしていたため色の濃いビールが主流だったが、この地域は水の成分の影響で紅茶のような色合いのビールができることから、ペール(Pale=色が淡い)エールという名前になったといわれている。お馴染みのIPA(インディア・ペールエール)もこの派生。英国から植民地のインドに運ぶため、抗菌作用のあるホップを大量に添加した淡色エールに由来するのだ。
時を経たアメリカでは、1970年代に大手ビールのカウンターカルチャーとしてクラフトビールが勃興。柑橘系のアロマをもつカスケードホップが開発されたことで、’80年代以降に華やかな香りのアメリカンペールエールが誕生した。以降さまざまなホップが開発され多彩なスタイルのビールが造られるように。やがて日本でもクラフトビール文化が盛んになり、多くの醸造所がアメリカンペールエールを造った。
その中でもおすすめしたいのが、愛知・名古屋の「Y.MARKET BREWING」の「Purple Sky Pale Ale」。2014年のスタートから常にハイクオリティなビールを造っていて、非常に信頼しているブルワリーなのだが、このビールは同社のスタンダード的存在。柑橘系アロマが豊かなシトラというホップを使ったアメリカンペールエールだ。オレンジやグレープフルーツの爽やかな香りがしっかりありつつ、するすると飲めるライトミディアムボディで、蒸し暑い夏に気持ちよく楽しめる。
僕は料理が好きで、日々の食事づくりも担当しているが、最近よくつくるのが「スマッシュドブロッコリー」。火を通したブロッコリーをシュレッドチーズを敷いた上にのせてマッシュし、さらに粉チーズをかけてオーブンで焼くというもの。妻にも「いままで食べたブロッコリー料理の中で一番!」と好評だ。こういう野菜が主役の軽めの料理がよく合うと思う。
もう一本、’24年の夏におすすめしたいのが、奈良・奈良市にある「奈良醸造」の「INTEGRAL」。奈良醸造もいま注目のブルワリーだ。代表でヘッドブルワーの浪岡安則さんは、元は奈良県庁の公務員だった方。東京出向でクラフトビールに目覚め、クラフトビールを通して奈良の魅力を伝えたいと「京都醸造」で修業し、’17年に創業された。さまざまなビアスタイルを造っておられるが、中でもこちらは、16世紀のベルギー南部・ワロン地方由来の「セゾン」というスタイルのビールだ。
セゾンとはフランス語で「季節」という意味。つまり季節限定ビールだ。飲用水が貴重だった当時のベルギーで、夏の農作業の合間にのどの乾きを癒すため、水代わりに飲まれていたビールが発祥。だから、本来はボディや飲み口が軽いものが主流。昔は野生酵母で造られていたが、その酵母が特定され、現在はセゾン酵母を使ったビールをセゾンスタイルとみなすことが多い。フルーティさとスパイシーさを兼ね備えた香り・味わいがセゾン酵母の特徴だ。
このINTEGRALは、昔のベルギーのセゾンを再現しようと、ベルギー産の麦芽やホップ、酵母を使って、ベルギーで古くから用いられている瓶内二次発酵の手法を採っている。発酵が完了したビールを瓶詰めする際に、再度、酵母と糖分を加え、瓶内でさらに発酵させて、生み出される炭酸ガスをビールに溶け込ませる。時間が経つほど味わいや香りが深くなり、熟成も楽しめるビールだ。セゾンはアルコール度数が低めのものが多いが、このビールはアルコール度数も9度と高めの仕上がり。でも飲み心地はなめらかで、度数の高さを感じさせない。
抜栓するだけでグラッシーなアロマが香り立ち、夏の草原に来たかのよう。グラスに注ぐと、グミの実のようなジューシーな香り。泡立ちもとてもきめ細かい。実際に飲むとセゾン酵母特有のフルーティでスパイシーな香りがして、アフターにはホップの柑橘系の香りや苦みも感じられる。奥深い味わいのビールだ。
温度が上がるに従い香りや味わいも変化するので、複雑なフレーバーを感じながらゆっくり楽しんでほしい。複雑なアロマに合わせるのは、サフランが香るパエリアなどがぴったり。我が家定番のトマトベースのロールキャベツも合いそうだ。
夏の農作業の合間に飲まれていたというセゾンスタイルのビール。そんなストーリーにもノスタルジーを誘われる。のどかな田園風景に思いを馳せながら、夏の宵にゆっくり楽しみたい。
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Purple Sky Pale Ale
価格|473円/370㎖
原材料|(大麦)麦芽、ホップ
アルコール度数|5.5度
IBU|20.4
スタイル|アメリカンペールエール
問い合わせ|Y.MARKET BREWING
Tel|052-908-0758
https://craftbeer.nagoya
INTEGRAL
価格|2530円(参考価格)/750㎖
原材料|麦芽、ホップ、糖類
アルコール度数|9度
IBU|21
スタイル|セゾン
問い合わせ|奈良醸造
Tel|0742-64-0108
https://narabrewing.com
text: Miyo Yoshinaga illustration: Kako Kuwayama
Discover Japan 2024年6月号「おいしい夏酒」