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“ご縁”がつないだ奇跡の洋館。京都随一を誇る民藝同人のコレクション「アサヒビール大山崎山荘美術館」

2019.9.18
<b>“ご縁”がつないだ奇跡の洋館。京都随一を誇る民藝同人のコレクション「アサヒビール大山崎山荘美術館」</b>
アサヒビール大山崎山荘美術館
1996年に開館。民藝運動由来の作家の作品が、モネの『睡蓮』等の西洋美術とともに収蔵品の中核。年4回の企画展を開催、コレクションからの展示も替わる

京都駅から東海道本線を西へ5つ目、山崎駅の北にそびえるのが天王山だ。その中腹に建つアサヒビール大山崎山荘美術館は民藝の収集で知られる。市内からピクニック気分で訪ねよう。

暖炉のある山荘の居間に民藝関連の作品が並ぶ
生涯、民藝の支援者だった山本の収蔵品は、河井寬次郎、濱田庄司、バーナード・リーチのほか富本憲吉、芹沢銈介、黒田辰秋に及ぶ

イギリスのチューダーゴシック様式を基本とするこの建物は、実業家の加賀正太郎の別荘だった。東洋の意匠も盛り込まれた独特の建築だ。周囲は木々が豊かで紅葉は格別に美しい。

加賀は、竹鶴政孝と親交があり、竹鶴がニッカウヰスキーを創業する際には株主になった。加賀が亡くなる際、その株を譲り受けたのが、加賀と親交のあったアサヒビール初代社長の山本爲三郎だった。

古い山荘建築に相性よく安藤忠雄の建築が重なる
安藤忠雄設計別館の「地中の宝石箱」はモネの『睡蓮』の連作を展示

1967年、山荘は加賀家の手を離れ、取り壊し案も挙がった。そんなとき、相談を受けたのは古い縁のあるアサヒビールだった。同社は行政と連携し、山荘を復元して美術館にした。そして、コレクションの中核に据えたのが山本爲三郎の収集品だった。

三國荘 応接室
山本は、東京の博覧会に出展された「民藝館」の移築を引き受け、調度とともに実際に使った。「三國荘」の名は地名に由来
写真提供:アサヒビール大山崎山荘美術館

明治から昭和、茶の湯を通じて交流する実業家は近代数寄者と呼ばれた。山本は、そうはならず民藝を支援。1928年に昭和天皇即位を記念し東京で博覧会が催され、民藝同人たちは独自設計で一軒の家を建て、生活の道具を収め「民藝館」として出展した。

会期終了後、建物と調度の一切を、山本は大阪の自邸に受け入れた。アサヒビール大山崎山荘美術館には、後の日本民藝館の原型ともいえるその建物に並んだ品々もある。

文=藍野裕之、上村みちこ 写真=たやまりこ
2019年10月特集「京都 令和の古都を上ル下ル」

アサヒビール大山崎山荘美術館
住所:京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
Tel:075-957-3123(総合案内)
開館時間:10:00~17:00(入館受付~16:30)
休館日:月曜(祝日の場合は翌日休、ただし2019年11月18日、25日は開館)、年末年始、臨時休館あり
料金:一般900円、大高学生500円、中学生以下無料
www.asahibeer-oyamazaki.com 

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