世界文化遺産《高山寺》
池坊専宗さんが愛する京都の庭も、奥にあり。
いけばなの名家に生まれ育ち、従来の華道の枠を越えて次世代の京都文化を発信する池坊専宗さん。特に心惹かれるという庭がある世界文化遺産・高山寺を訪ね、お話をうかがいました。
池坊専宗さん
室町時代から続く華道家元池坊。四十五世家元池坊専永の孫として、1992年、京都に生まれる。母は次期家元の池坊専好。いけばなの魅力を伝えるべく、講座やデモンストレーションのほか写真や文章でも発信。信条は「光を感じ、草木の命をまなざすこと」
移ろう自然から学ぶ、無為の美しさ
洛西の景勝地・栂尾に佇む高山寺。奈良時代末期の774年に創建され、鎌倉時代初期の1206年、高僧・明恵上人によって高山寺の寺号で再興された。いけばなの次代を担う池坊専宗さんもたびたび訪れている、お気に入りの寺院のひとつだという。
「建物も枯淡として、周りの自然と溶け合っている。山に包み込まれるようで、とても安らぎますね」と池坊さん。
明恵上人が栄西禅師から茶の種を譲り受け、栽培をはじめたことから日本茶発祥の地ともいわれる高山寺。その恩に報いるため建立された茶室「遺香庵」の茶庭は、しっとりとなめらかな苔の緑が目に優しい。苔の種類はここだけで約100種にも上るという。
「いけばなでも“砂物”という生け方で苔を入れたりします。苔とひと口に言っても、種類によってその表情がさまざまで、見飽きません」
高山寺でおすすめの季節をたずねると、こう教えてくれた。
「秋の紅葉もきれいですし、新緑も、真夏に身を縮ませて乾燥から身を守る苔も、それぞれの美しさがある。だから、“ベストシーズン”なんて本当はないのかもしれません。思い立ったときに足を運ぶことで、お庭や自然と親しくなり、愉しみが深まりますよ」
高山寺の中でも、一番の見どころは石水院。明恵上人時代から唯一残る建物で、鎌倉時代の寝殿造をいまに伝える貴重な遺構だ。おおらかに開け放たれた南縁に腰掛け、青モミジやアセビなどの豊かな木立を眺める池坊さん。
「執事長さまのお話では、これらはすべて自然の植生なのだそうです。明恵上人は目立つことを決して好まれず、詠まれた歌にも気張りがない。
あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月
大好きなお月さまのことを、こんなに素朴に表現できるなんてすてきですよね。自然体のお考えが、いまのお庭にもしっかり息づいているように思います」
つくり込むことや新しいことを常に求められる時代。クリエイターとして、無為の尊さを感じていると池坊さんは話す。いけばなも、人智を超えた自然の造形や営みが“先生”。自然が美しいので、人が少し手を添えるぐらいのほうがいい。そうすれば、生けている本人も「表現するぞ」という力みやエゴから解放され、ゆっくりと開かれるような時間になるという。人に見せるために生けているのではないし、花もまた人に見られるために咲くわけではない。秋を迎えつつある古刹で自らの心と向き合う時間は、いけばなの精神とも通じるようだった。
高山寺に受け継がれる明恵上人の想いに触れた後、京都の大事にしていきたい魅力についてうかがった。
「京都が誇る1000年の歴史は、人の技術や経験があってのもの。その資源をただ消費するのでなく、地域に暮らす人の営みを支え、循環させていく。それが伝統工芸や文化の再評価にもつながり、100年、200年先も魅力的な街であり続けると思います」
明恵上人とは
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高山寺
住所|京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8
Tel:075-861-4204
拝観時間|8:30〜17:00
拝観料|石水院1000円(秋期入山料別途500円)
※茶室「遺香庵」は、日にち限定で公開(要予約)。詳しくは高山寺HPを参照
池坊さんが愛するそのほかの庭
寂光院
聖徳太子が用明天皇の菩提を弔うために建立された尼寺。平家物語にちなんだ庭園を擁する。「大きな古い切り株の横に若い木の芽が伸びていたり、湧き水が豊かに出ていたり、長い年月を通して土地と結び付いている印象を強く受けました」
住所|京都市左京区大原草生町676
Tel|075-744-3341
西芳寺
約120種の苔が境内を覆い、苔寺の別名で親しまれる臨済宗の寺院。「戦乱などを経て荒廃と再興を繰り返すうちに、緑が自然に萌え、いまの姿になったと聞きます。仏教の“受け入れる”精神が体現されたお寺だと思います」
住所|京都市西京区松尾神ケ谷町56
※参拝は事前にオンラインか往復はがきで申し込み
大悲閣千光寺
角倉了以(すみのくらりょうい)が河川開削に尽力した人々の菩提を弔うため移建。嵐山の断崖に建つ客殿からは京都市街が一望できる。「いわゆる庭園とはいえないかもしれませんが、緑の回廊のような登山の道中や、絶景が素晴らしいです」
住所|京都市西京区嵐山中尾下町62
Tel|075-861-2913
text: Aya Honjo photo: Sadaho Naito
Discover Japan 2023年11月号「京都 今年の秋は、ちょっと”奥”がおもしろい」