《大矢製作所》
料理人も愛する、縁起物のおろし金
羽子板のような美しいフォルムもあってか、江戸時代から縁起物として親しまれるおろし金。今なお手作業でひとつひとつおろし金をつくる大矢製作所に、今の時代だからこそ感じるおろし金の魅力について伺いました。
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大矢製作所(おおやせいさくしょ)
1928年、東京・浅草で大矢寅一、金次郎兄弟が銅壺(長火鉢の灰の中に置き、常時湯を沸かしておく道具)店「銅寅」を開業。戦後、弟の金次郎が池袋で1949年「大矢製作所」を開業。その後、おろし金専門店となり1981年には埼玉・和光市へ移転、現在に至る。
鍛冶屋の修行中に出合ったおろし金
純銅のおろし金を専門に扱う大矢製作所。そのルーツは、創業者である大矢寅一と弟の金次郎が、東京・浅草ではじめた銅壺店にある。2人は新潟・与板(よいた)町(現在の長岡市)の鍛冶店を営む家の出身で、修行のために上京。そこで銅を扱う技術を身につけ、おろし金も道具の中のひとつとして製作していたという。おろし金は、つくるのに非常に手間がかかるわりに、生活道具のため高値がつけられない。だんだんとつくり手が減って大矢製作所におろし金の注文が集中したことから、おろし金専門店になっていったという。
「ここまでが私が先代(二代目)の大矢昭夫から聞いた話です」
そう教えてくれたのは、大矢製作所の職人、春原(すのはら)澄人さん。学生時代に伝統工芸を体験するワークショップで二代目に出会って就職。27年間、おろし金をつくり続けている。
「ここからは私の見解ですが、おろし金の刃の部分をつくる目立ての作業では、タガネという道具を使います。このタガネを研ぐのが非常に大変。一本一本にクセがあるので、自分に合うように研いで使いやすいものにしなければなりません。寅一はもともと鍛冶店の出身なので、鍛治の技術やいいタガネを調達できるコネクションをもっていました。それと修行で身につけた銅を扱う技術があわさったから、高品質なおろし金をつくることができ、評判になっていったのではないかと思います」
おろし金の要、「目立て」の技術
おろし金は、フラットな銅板にタガネを45度の角度で打ちつけ、ひとつひとつ目を立ててつくられる。目は一見すると向きが揃っているように見えるが、手の加減をわずかに調整し、少し右に寝かせたり左に寝かせたりとあえて不揃いにしている。これによって食材に刃のさまざまな面が当たり、軽い力でスムーズにおろすことができるという。
「おろし金はあくまで刃物。大根を例にあげると、いわゆる“大根おろし器”は上から押し潰していくのでたくさん水分が出ます。その水分の中に大根の養分や旨みも含まれているのですが、おろし金はつぶすのではなく小さく切っていくので粒一粒がきめ細かいですし、水分が含まれるので瑞々(みずみず)しく口当たりのよい仕上がりになります」
ご利益ありそうな縁起物
おろし金は羽子板にも似た形からか江戸時代から縁起物とされており、着物の江戸小紋(こもん)の柄には「大根とおろし金」が採用されている。なぜなら、薬味として使われていた大根をおろすことから「薬をおろす」、あるいは歌舞伎の「大根役者をおろす」ことから「厄を落とす」に転じ、厄落としの象徴となっているというわけだ。
大矢製作所では、羽子板形に加えて1990年代から鶴と亀の形をした薬味用おろし金も製作。小さくても形が変わっても、鋭い切れ味はもちろんそのままで、しょうがやにんにく、柑橘類の皮を少しだけおろしたいときに重宝する。見るからに縁起がよく愛らしいデザインは、ギフトにもちょうどいい。
身近に置いておきたい調理器具として
銅製のおろし金というと、手入れやメンテナンスが大変なイメージがあるが、春原さんによると特別なことをする必要はないという。使い終わったらさっと水で洗うか、野菜の繊維などがからんでいる場合は、歯ブラシに中性洗剤をつけて洗い流し、ふきんでポンポンと叩いて水気をきる。普段の手入れはこれで十分。使い方や頻度にもよるが、10年、20年と使って切れ味が落ちてきたら、刃を研ぎ直してもらうこともできる。
錫や銅は自然と変色していくが、切れ味や食材への影響はない。銅には抗菌作用があり衛生面でも優れているため、生で食べる大根おろしや薬味を扱う道具としても最適だ。
「おろし金は特別なものではなく普段使いの道具。おろすというのは手間のかかる作業ではありますが、お客様に『これでゆずをおろすと香りが全然違う』『おろしているときの音がいい』などと言っていただくと、おろし金には五感を刺激する楽しみもあるんだなと思います。もちろんおろした薬味がとびきりおいしいというのが大前提ではありますが、日々の料理の中で気持ちをリセットできる道具として使っていただけたらうれしいですね」
食材だけでなく五感まで研ぎ澄ましてくれる銅のおろし金。いい道具は、使い手を成長させてくれるコミュニケーションツールでもあるようだ。
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text: Akiko Yamamoto photo: Shimpei Fukazawa