《美味しい魚図鑑》 Vol.3 ブリ
成長とともに名が変わるのはなぜ?
スーパーに並ぶあの魚、この魚。どんな海に生息し、どこで捕れるものが美味しいのか。本当の旬はいつで、どんな料理が合うのか。魚を知り尽くす小川貢一さん監修のもと、日本人なら知っておきたい魚の基本を詰め込みました。
小川貢一(おがわ・こういち)さん
956年、東京・築地生まれ。仲卸3代目として築地で育つ。魚を知り尽くし、かつて築地で魚料理店の店主を務めた料理人でもある。著書に『本当に美味しい魚の見極め方』など多数
日本人の食文化を支え、
魚界を代表する出世魚
日本の食文化は東と西で分かれるものが多い。魚の世界にもそれがあって、新潟の糸魚川から静岡を結ぶラインを境に、東のサケ文化、西のブリ文化があり、それぞれの地域で人々の生活に深く根づいている。
ブリは西の「年取り魚」である。年取り魚とは、大みそかにごちそうを用意し、正月の年神さまを迎えるお膳に上げる魚のこと。西のブリに対し、東の年取り魚はサケ。生魚は傷みやすいので、どちらも塩漬けにしたり発酵させるなどの工夫をして、遠く内陸の地まで運ばれていた。西では雑煮にもブリが入り、おせちの昆布巻きにも使われている。
海の魚が貴重な内陸の地では、塩ブリはよき保存食となる。また山中では塩の入手も簡単ではなく、塩ブリは調味料としての役割も兼ねていた。これは東のサケでも同じだが、塩ブリや塩引きのサケを切って野菜と一緒に煮れば、ブリやサケの塩気で美味しい汁物になるからだ。石川の「巻鰤」といえば、2〜3月の少し脂が抜けたブリにたっぷりの塩をして稲わらで巻き、軒先に吊るして干したもの。ブリから出る水分をわらが吸い、ゆっくり乾燥するために熟成が進み、旨みが凝縮する。
ブリは日本近海を回遊しているので、一年を通してさまざまな場所で捕れる。冬場に日本海側に揚がるものは寒ブリと呼ばれ、脂がのってとても美味しく、富山の「ひみ寒ブリ」、新潟の「佐渡寒ブリ」がブランドブリとして人気。近年は夏の北海道でも、脂がしっかり入ったブリがよく捕れている。
ブリは、成長に伴い名前を変える「出世魚」でもある。年取り魚として用いられるのも、立身出世を連想させる縁起のよい魚だから。魚体の大きさだけでなく、地域によって呼び名が違うのも、日本各地で愛されている魚の証しだ。
<鰤の基礎知識>
●科
アジ科
●旬
12〜2月(寒ブリ)
●名前の由来
冬が旬なので、漢字のつくりは師走の「師」。脂肪が多いことから「あぶら」→「ブラ」→「ぶり」となったという説も
●魚種
ブリ
●地域名、幼名
成長により名前が変わり、地域ごとに異なる(表を参照)
●選び方のポイント
切り身なら、血合が黒ずんでおらず赤みを帯びたもの。身がピンク色で透明感があるもの
●主な生息地
琉球列島を除く日本各地、朝鮮半島
●県別漁獲量ランキング
北海道:1万5300t
長崎:1万2300t
千葉:1万1100t
島根:1万700t
岩手:840t
Q:そもそも出世魚って?
A:成長とともに名が変わる魚のこと。
ブリは地域により違いも
魚の名前が変わるのは、成長とともに味わいが変わるため。ワカシやイナダなど大きさの違いにより、鮮魚店でも料理店でも扱いが変わってくる。関東、関西、北陸それぞれ特有の名前で親しまれている。
Q:東日本で出回るハマチもブリの幼魚?
A:東日本では養殖のブリを指すこともあります
ブリの養殖は西日本が盛んで、かつてはほとんどハマチの大きさで出荷していたため。近年、豊洲市場では2〜4㎏のものはハマチ、4㎏を超えるものは養殖ブリとして流通している。
Q:日本海の寒ブリが美味しいのはなぜ?
A:佐渡沖や能登沖を南下する冬に最も脂がのるから
日本近海を回遊するブリ。産卵前に栄養をつけるブリは日本海を南下するにつれて脂がのり、12月、新潟の佐渡沖や石川の能登沖を通る頃は丸々と太っている。「ひみ寒ブリ」と認定されるのは、富山湾の定置網で捕られ、氷見漁港に揚がり、6㎞以上という基準を満たしたもの。漁場と漁港が近いのもよい。
Q:寒ブリの美味しい食べ方は?
A:ブリしゃぶがおすすめです
寒ブリは捕れたてより3日ほど置いたほうが身が柔らかくなり、脂が全体に回って美味しくなる。刺身もいいが、ブリしゃぶがおすすめ。大根おろしをたっぷり加えた出汁でしゃぶしゃぶすると、脂の旨みが溶け出たスープがまた最高で、〆はうどんが合う。
Q:定番おかず「ぶり大根」はどこ生まれ?
A:北陸地方の郷土料理。ブリはアラを使うのが一般的
ブリ大根といえば全国的な定番おかずだが、もともとは美味しい寒ブリが揚がる北陸で育まれた冬の郷土料理。ブリのアラを捨てずに大根と一緒に醤油で煮付けたもので、ブリの旨みが染み込んだ大根がたまらない。北陸にはほかにも「かぶら寿司」、ブリを使ったなます「あんじゃなます」など多彩な郷土料理がある。
Q:北海道でブリが豊漁ってホント?
A:2020年はサンマを上回り、過去最高の水揚げに
北海道でサケやサンマの漁獲量が減少している一方で、ここ数年、ブリがよく捕れている。夏に北海道へと北上するブリが、近年はオホーツク海にまで上がることもあり、そのため秋に南下をはじめた脂ののったブリが日高方面で水揚げされるように。「三石ぶり」、「はるたちぶり」などブランドブリも登場している。
<column>
北陸や西日本ではお正月にブリが必須
年取り魚であるブリ。冬場に日本海で捕れるブリが現地で塩漬けにされ、海から遠い内陸の地へ運ばれて各地で年末年始の食卓を彩ってきた。富山と飛騨を結ぶ道は「ブリ街道」と呼ばれ、飛騨から信州に入る塩ブリは「飛騨ブリ」として扱われている。おもしろいことに、信州の松本は飛騨ルートのブリの文化が、同じ信州でも長野は新潟から入るサケの文化が根づいている。ちょうど糸魚川—静岡構造線を隔てて東西に分かれる地で、松本は雑煮にブリを使い、長野ではサケを使う。
西と東の分かれ目は
フォッサマグナの西側境界線
日本列島の真ん中に、大地が割れて沈み込んだ大きな溝「フォッサマグナ」がある。その西側の境界を糸魚川|静岡構造線といい、日本列島を地質学的な東北日本と西南日本に分ける断層とされる。食文化が東と西で大きく分かれる地点でもある
博多の雑煮はブリが主役
まるで海の生ハム! 能登の「巻鰤」
<trivia>
嫁ぎ先にブリを贈る!?
富山県の一部の地域では、娘が結婚した年の暮れに、嫁ぎ先と仲人に大きなブリをそれぞれ贈る習わしがいまも残っている。これは娘の健康と娘婿の出世を祈願するもの。嫁ぎ先ではこの半身を嫁の実家に返す。
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text: Yukie Masumoto 写真提供=国立研究開発法人水産研究・教育機構、
フーズリンク、農林水産省「うちの郷土料理」、小枝圭太(東京大学総合研究博物館)、
標津サーモン科学館、PIXTA
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」