《美味しい魚図鑑》 Vol.2 タイ
正真正銘のタイとは?
スーパーに並ぶあの魚、この魚。どんな海に生息し、どこで捕れるものが美味しいのか。本当の旬はいつで、どんな料理が合うのか。魚を知り尽くす小川貢一さん監修のもと、日本人なら知っておきたい魚の基本を詰め込みました。
小川貢一(おがわ・こういち)さん
956年、東京・築地生まれ。仲卸3代目として築地で育つ。魚を知り尽くし、かつて築地で魚料理店の店主を務めた料理人でもある。著書に『本当に美味しい魚の見極め方』など多数
日本人とかかわりの深い、美味なる高級魚
キリッと凛々しい姿にきれいな薄紅色の体。タイはなんといってもそのビジュアルがよい。タイはエビなどの甲殻類を捕食するため、その体色はエビの赤みが出たもので、抗酸化作用が知られるアスタキサンチンの色素に由来している。実際にタイを釣るときの餌はエビ。「海老で鯛を釣る」ということわざはそのまんまの意味だ。
タイは姿ばかりか、味もよい。刺身は筋肉質でしこしこと歯応えがあり、味に癖がないのに旨みが強い。特に潮流の速いところで育つタイは運動量が多いので身に締まりがあり、兵庫の明石や徳島の鳴門、大分と四国に挟まれた水道が名産地。「明石鯛」などの商標タグが付けられ、高値になる。なお、マダイはあまり大き過ぎると大味になり、40〜50㎝のものが最も美味しい。
また、タイは早くから養殖が盛んな魚で、最近は近畿大学とニチレイフーズが共同で研究開発している「アセロラ真鯛」が話題だ。アセロラの搾りかすの粉を加えた餌で育てたもの。アセロラ由来のポリフェノールとビタミン類の抗酸化作用により、後味がよく、酸化による劣化を遅らせることが期待される。
日本人とタイのかかわりは深く、縄文時代の遺跡からタイの骨が出土している。容姿端麗で味もよいタイは古代朝廷への貢献に用いられ、武士の時代にはその見栄えのよさから、ますます好まれるようになった。神に捧げる食事など、神事にも欠かせない魚である。現代も正月や結婚式、国技である相撲の優勝祝いにも使われ、日本人の祝いの席の必需品。ちなみに、恵比寿さまがタイを抱えているのも、やはりタイが縁起のよい魚だから。鯛焼きは、明治時代、庶民には手の届かない憧れの高級魚であるタイをかたどってつくったのがはじまりといわれている。
<鯛の基礎知識>
●科
タイ科
●旬
春、晩秋〜冬
●名前の由来
一族に幸を行き渡らせるという意味を込めて、漢字のつくりは全部に行き渡るという意味の「周」。また、タイラウオ(平魚)、タヒ(平魚)の意味
●魚種
マダイ、キダイ、チダイ、ヘダイなど
●地域名、幼名
名産地・明石などでは桜の季節に「サクラダイ」、秋は「モミジダイ」と呼ばれる
●選び方のポイント
赤みが鮮やかで、目の上が青っぽい紫色に輝いているもの。切り身の場合は血合が鮮やかで光沢のあるもの
●主な生息地
北海道南部以南、東シナ海、台湾
●県別漁獲量ランキング(マダイの場合)
福岡:2100t
長崎:1800t
兵庫:1400t
愛媛:1200t
山口:700t
Q:タイと名がつく魚がたくさんあるけれど…
A:生粋のタイ科のタイは多くない
タイ科に属し、日本近海で捕れるタイは数種類だけ。その中で代表的なものといえばこちら。マダイが体長70㎝ぐらいまで大きくなるのに対し、キダイは20〜30㎝、チダイは30〜40㎝と、マダイに比べると小柄だ。いずれもきれいな薄紅色で、マダイの代わりに祝宴の折詰などに使われるものもある。
Q:桜鯛ならぬ「紅葉鯛」ってなんだ?
A:明石などでそう呼ばれている、晩秋のタイ
桜の季節、産卵のために深場から大量に浅瀬に上がってくるとき、体表にピンク色の斑点が出るため、その時期のタイを「桜鯛」と呼び親しんでいる。タイは産卵前の春が旬とされるが、晩秋から冬にかけての紅葉の頃も美味しいことから、兵庫・明石などの一部の地域では「紅葉(もみじ)鯛」と呼ぶ。
Q:タイにいろいろな料理があるのはなぜ?
A:上品な白身魚で身に旨みがあるだけでなく生でも加熱しても美味しいから
刺身、塩焼き、煮付け、しゃぶしゃぶ、茶漬け、頭はかぶと煮や潮汁などと、全身さまざまな料理に使われるマルチプレイヤー。郷土料理も多い。京都の「鯛蕪(たいかぶら)」は、伝統野菜である聖護院かぶが旬を迎える冬に登場する定番料理。タイの旨みと聖護院かぶの軟らかく上品な味わいが重なる。
Q:なぜタイは縁起ものなの?
A:ビジュアルのよさと「めでたい」の語呂合わせで
縁起がよいとされる理由は、まずその美しい赤い色にある。日本には赤い色を尊ぶ風習があり、また赤は魔よけの色でもある。そしてタイという名が「めでたい」に通ずるから。尾頭付きのタイは「はじめから最後まで」を意味するとし、結婚式では一生を添い遂げるという願いを込めて好んで使われる。
Q:天然ものと養殖もの、どっちが美味しい?
A:やっぱり身が締まった天然もの
天然ものと養殖ものの違いは身の締まり。養殖は天然の潮の流れにもまれていないので身が柔らかく、脂が多い。3、4日経ったものは、天然ものと比べて、養殖ものはぐちゃっとして水っぽくなる。とはいえ養殖の技術も年々上がり、天然ものに負けない身質をもつものも多い。
<column>
鯛の名を借りた“あやかりタイ”たち
名前に「タイ」がつく魚は200種類以上あるといわれているが、正真正銘のタイの仲間は数えるほど。ほかの多くはタイ人気に便乗する(あやかる)ことにかけて「あやかりタイ」。とはいえ味がいい高級魚もある。
とても美味しい深海魚
糸状に伸びた尾びれが名の由来
グジと慕われる高級魚
磯釣り人の人気の魚
<trivia>
京都でタイは外道!?
公家が活躍した貴族社会では、タイよりもコイが格上。京都には海の魚が入ってこないという事情もあるが、コイは「こいのぼり」に象徴される縁起のよい魚で、出世魚として人気があった。タイの格は武士社会への移り変わりとともに上がっていった。
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text: Yukie Masumoto 写真提供=国立研究開発法人水産研究・教育機構、
フーズリンク、農林水産省「うちの郷土料理」、小枝圭太(東京大学総合研究博物館)、
標津サーモン科学館、PIXTA
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」