FOOD

《美味しい魚図鑑》 Vol.1 マグロ
日本人はなぜトロ好きなの?

2022.2.17
<small>《美味しい魚図鑑》 Vol.1 マグロ</small><br>日本人はなぜトロ好きなの?
photo by artifirsov

スーパーに並ぶあの魚、この魚。どんな海に生息し、どこで捕れるものが美味しいのか。本当の旬はいつで、どんな料理が合うのか。魚を知り尽くす小川貢一さん監修のもと、日本人なら知っておきたい魚の基本を詰め込みました。

小川貢一(おがわ・こういち)さん
956年、東京・築地生まれ。仲卸3代目として築地で育つ。魚を知り尽くし、かつて築地で魚料理店の店主を務めた料理人でもある。著書に『本当に美味しい魚の見極め方』など多数

秋冬はクロマグロ、春夏はメバチが美味

日本で主に食べられているマグロは5種類あり、マグロの王さまといわれるのがクロマグロ(本マグロ)。東京の豊洲市場には日本全国、世界各国からよいものが届き、初セリで1本2000万円超えの値がつくことも。「海峡もの」といって、津軽海峡、特に青森・大間で捕れるものが最上とされるが、津軽半島側や函館の戸井でも極上ものが揚がる。漁期は場所によって異なり、大間は8月頃から1月初旬まで。以降は産卵の準備に入るため禁漁になる。

クロマグロは日本近海で産卵した後、太平洋へ出る。ハワイ沖を回遊し、メキシコまで行ってアメリカ西岸を北上し、アラスカまで行って戻ってくる。赤道を越えることはほとんどなく、北太平洋を何年もかけて回遊している。一方、南太平洋を大きく回遊しているのがミナミマグロ(インドマグロ)で、南アフリカのケープタウン沖で捕れるものが評価が高い。

日本近海や東南アジア沖でよく捕れるのは、メバチ、キハダ、ビンナガ(ビンチョウ)。メバチはマグロの中で最も漁獲量が多く、冷凍ものが安定的に出回っている。キハダは名古屋で特に好まれ、上質なものは豊洲ではなく名古屋に回ることも。ビンナガは脂があるものをスーパーが「トロビンチョウ」と称して人気が出た。これらの旬は春から夏。脂がのり、同時期のクロマグロより美味しいことも多い。

近年は養殖マグロも美味しくなり、冷凍技術も上がっているが、マグロを刺身で食べるなら旬の天然生マグロにかなうものなし。さらにいえば、肉と同じで熟成が大事だ。鮮度がよくプリプリしているものより、適度に熟成させたねっとりした食感がいい。なお、刺身には適さない部位も、カマの塩焼きやねぎま汁、テールスープなどで美味しくいただける。

<鮪の基礎知識>

●科
サバ科

●旬
9〜12月(日本近海のクロマグロ)

●名前の由来
広範囲を回遊することから、漢字のつくりは広い範囲を囲む意味の「有」。また背や目が黒いことから「真黒」とも

●魚種
クロマグロ、ミナミマグロ、
メバチマグロ、キハダマグロ、
ビンナガマグロなど

●地域名、幼名
クロマグロは一般的に本マグロと呼ばれる。
幼名はメジマグロ、ヨコワなど

●選び方のポイント
サクなら、色つやがよく黒ずんでいないもの。
筋目が縦に平行に入っているものがよい

●主な生息地(日本近海のクロマグロの場合)
狭い海峡を抜けて太平洋から日本海まで広範囲に回遊

●県別漁獲量ランキング(クロマグロの場合)
青森:1600t
長崎:1500t
愛媛:1300t
宮城:1000t
高知:800t

Q:マグロはどのくらいの速さで泳ぐ?
A:なんと時速100㎞超え!
世界をまたにかけて泳ぐアスリート

身の危険を感じたり、獲物を追うときは時速100㎞以上。水の抵抗が少ない紡錘形の身体には、ヒレが収まる溝がある。周りの水温より体温を高く保つことができ、疲れ知らずの長距離ランナーでもある。太平洋クロマグロは夏に南西諸島周辺や日本海で生まれ、その多くが長崎県の壱岐・対馬周辺で冬を越して太平洋を横断。北アメリカ西岸で3歳頃まで過ごし、日本周辺に戻って産卵。その後は日本近海で過ごすといわれている。

Q:マグロは泳ぎ続けないと死んじゃうってホント?
A:眠りながらも泳ぎ続けます

マグロは世界の海を回遊するため筋肉質で、常に新鮮な酸素を補給して筋肉に回す必要がある。水の中に溶けている酸素を取り入れるには泳ぎ続けるしかないのだ。口を開けて泳ぐことで口からエラに水が流れ、効率よく酸素を取り込むことができる。逆に泳ぐのをやめてしまうと呼吸ができなくなり、死んでしまう。

Q:大間のマグロはなぜ美味しいの?
A:スルメイカを食べているから

大間のマグロに代表される海峡ものが美味しい理由は、狭い海峡がマグロの食べ物となるサンマやイワシ、イカなどの通り道だから。マグロはスルメイカが大好物、というわけではないが、スルメイカは身もワタも旨みの塊のようなもので、脂もあり、それを食べているマグロはやっぱり旨みと脂を蓄えている。

Q:マグロってどうやって切るの?
A:マグロ専用の包丁があります

巨大なマグロを相手に卸包丁、幅広、冷凍切りなど多様な包丁が発展。写真は築地と豊洲に店を構える「東源正久商店」の卸包丁(長尺・刃渡り105㎝、全長145㎝)と両手なた(刃渡り24㎝、全長73㎝)。鍛冶技術は明治の日本橋魚河岸時代から受け継がれている。

写真=株式会社東源正久商店

Q:マグロ料理といえば?
A:寿司はもちろん、河岸で生まれたねぎま汁も

刺身には向かない部位も美味しく食べられる。テール(尾)に近い筋張った赤身は、ねぎま鍋やねぎま汁がおすすめ。マグロから出る旨みに加え、筋に多く含まれるゼラチン質が加熱によりとろけて食感が変わり、美味しくなる上にコラーゲンがたっぷり。ねぎま汁はもともと魚河岸で働く人たちの賄い料理だ。マグロの端切れに塩をしてひと晩置き、ゆでて酒、塩、醤油で調味してネギを投入。素朴ながらとても味わい深い。

Q:日本人はなぜトロ好きなの?
A:甘みはトロにあるため

マグロの赤身は濃厚な旨みがある一方、脂が多いトロは甘みがあり、現代の日本人の嗜好に合う。トロが食べられるようになったのは、氷で保冷するなど流通がよくなった昭和の戦後から。トロは傷みが早く、江戸時代は捨てられるか畑の肥やしになっていた。

Q:マグロが食べられなくなるってホント!?
A:漁獲制限や完全養殖で明るい光も

世界的なマグロ人気による乱獲や、成長途中のメジマグロの乱獲により、クロマグロの枯渇が懸念されていた。そんな中、漁獲制限を課したり、完全養殖の技術が確立するなどしてクロマグロ資源は回復傾向に。この冬、日本近海を含む中西部太平洋での大型クロマグロの漁獲枠を15%増やすことが国際会議で決定した。

<column>
日本で主に食べられているマグロ5種

ひと言でマグロといっても、回遊する海や大きさも違えば、味わいも違う。刺身に向くもの、ツナなどの加工品に使われるものなどさまざまだ。

濃厚な旨みをもつマグロの王さま

クロマグロ(本マグロ) 250cm超
マグロの中で最大。赤身はとりわけ旨みが濃厚で、酸味を感じるのが特徴。トロは心地よい甘みがある。太平洋クロマグロと大西洋クロマグロに区別される

北のクロマグロに対する南の王者

ミナミマグロ(インドマグロ) 225cm超
クロマグロに次ぐ大きさ。赤身は濃厚ながら、酸味を感じないのがクロマグロと異なる点だ。南アフリカの冷凍ものに加え、ニュージーランドやオーストラリアで養殖しているものが生で流通している

目がパッチリだからメバチの名

メバチ 200cm超
漁獲量No.1を誇るだけに、スーパーでは主流。肉質はクロマグロやミナミマグロに次いで良質。赤身には旨みがあり、トロの脂ののり具合もいい。濃厚さよりも爽やかな味わいを楽しめる

脂ののった極上ものと缶詰と

キハダ 180cm超
漢字で「黄肌」と書くだけに、体側やヒレが黄色い。赤身はメバチより色が薄く、味わいもソフトで癖がない。脂がのったものは刺身が好まれ、少ないものは缶詰としてよく使われている

回転寿司の人気もの

ビンナガ(ビンチョウ) 110cm超
胸びれが長いのが名前の由来。身の色が全体的に白っぽく、赤身が少ないのが特徴。やや水分が多いものの、価格が安いので回転寿司やスーパーなどで活躍。ツナなど缶詰でもよく使われている

<trivia>
カジキマグロはマグロじゃない!

カジキマグロと慕われるカジキ。魚体の大きさが似ており、飲食店でマグロと同様に用いられることからその名が定着したが、実はマグロとは別種。10種類以上あるカジキ類の中で高級とされるのがマカジキ。一般にはメカジキが多く流通している。

 

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Vol.9|イワシ
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text: Yukie Masumoto 写真提供=国立研究開発法人水産研究・教育機構、
フーズリンク、農林水産省「うちの郷土料理」、小枝圭太(東京大学総合研究博物館)、
標津サーモン科学館、PIXTA
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」

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