TRADITIONS

天女は月夜に何を祈った?
伝承の地・月下に舞う『羽衣』 -新「能」PROJECT

2019.2.14
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月夜に能『羽衣』を舞うというプロジェクトに挑戦する能楽師・佐野登さん

水浴びをしていた 天女が 、松の枝にかけていた羽衣を人間に取られ、月に帰れなくなってしまう……という羽衣伝説。じつはこれは、日本最古の芸能である能の演目として、いまも演じられている。そんな能『羽衣』を、実際に伝説が伝わる静岡県清水の三保松原で月夜に舞う。そんなファンタジーの実写ともいうべきプロジェクトが行われた。挑戦した能楽師・宝生流シテ方佐野登さんと、ビジュアルアーティスト坂本光則さんに、想いをうかがった。

月の世界から三保松原に降り立った天女

月へと帰る天女が、国土の五穀豊穣を祈って宝を降らせる舞い

月明かりを浴び、艶やかな着物をまとって舞う女性。この世のものとは思えない美しい姿だが、その表情はどこか憂いを帯びているようにも見える。
彼女はいったい何を想っているのか?
そんな想像がかきたてられるこれらの写真。能に造詣のある方には、背景に見える富士山、海岸に立つ松林、月の世界からそして月夜という舞台設定から、ピンとくるかもしれない。天女が三保松原みほのまつばらに降りてきて、一度は男に取られてしまった羽衣を返してもらい、再び月の世界に帰っていくという能『羽衣』のクライマックス、天女が月に帰っていく舞の一場面である。

天女の舞を月夜の三保松原で撮影する、前代未聞の試み

「月明りは微弱なので面に光が回りきるか不安だった」という坂本さん。微妙な表情をよく捉えている

能の中でも人気の曲だが、いわずもがな、普通は能楽堂で観ることが一般的である。それを物語さながらに、羽衣伝説の伝わる静岡県清水の景勝地、「三保松原」で演ずるという前代未聞の試みに、能楽師・宝生流シテ方佐野登さんと、ビジュアルアーティスト坂本光則さんが挑戦した。
この「伝承の地・月下に舞う『羽衣』-新「能」PROJECT-」は、かねてより能の魅力をより多くの人に知ってほしいという想いのもと、活動をしてきた2人の最新プロジェクトだ。十数年来の付き合いの2人は、静的な決めポーズで撮ることが常識だった能の写真に疑問をもち、舞の中にある動きを表現した革新的な「OMOTE」シリーズなどを発表してきた。

『OMOTE』シリーズのこちらは同じ「羽衣」を一灯で撮影。同じ舞でも月下で撮影した今回の作品とはかなり印象が変わる

なぜこの過酷な舞台設定にこだわったのか

今回のプロジェクトに挑戦した、宝生流能楽師シテ方・佐野登さん(右)とビジュアルアーティスト坂本光則さん(左)は十年来の同志であるという

「能楽堂で撮影した時は、僕が動きすぎて怒られましたね。」(坂本)
「そうでした。今回は動きの制約が少ない分、そのほかの環境が相当過酷でした。まずあんな海沿いで舞うなんてまずありません。」(佐野)
今回、三保松原を舞台に選んだことには、理由がある。
「私は静岡県清水の出身で、能の道に入る決断をする中学時代までをここで過ごしました。何か考えることがあると、三保松原へきて海を眺めたりしていたんです」(佐野)

個人的な思い入れを胸に舞った羽衣は、佐野さんにとって特別な意味をもったことだろう。
「羽衣は何度も演じてきましたが、月へ帰る天女はどんな気持ちだったのだろうということを考え続けてきました。このシーンの謡では、ようやく羽衣を返してもらった天女が、月へ帰る前に富士山を眼下に眺めながら、五穀豊穣、天下泰平を祈ります。演ずるときは何か手本を求めるものですが、実際に参考にするべきものがない天女の気持ちに、今回のプロジェクトを通して近づけたように思います」(佐野)

かつて能は自然の中で舞うものだっという。ゆらめく金飾りに風一瞬の風を感じる

本当の天女の気持ちに近づくため、できる限り人工の光を排した月夜の海岸沿いでの撮影は、困難を極めた。
「僕は最初、装束の美しさに感動して能に惹かれました。今回のプロジェクトでも、暗闇の中での撮影ですが、その点は表現したいと思っていました。」(坂本)
今回のプロジェクトで生まれた作品は、これまで能に触れてこなかった人が、能に興味をもつきっかけになるはずだ。

美しい衣をまとった天女が月夜に浮かび上がる

「能のいちばんの魅力は自由な想像ができることです。羽衣伝説には月の宮殿には白衣十五人・黒衣十五人の天女がいて、毎夜十五人ずつ入れ替わって舞うことで月が満ち欠けする、という話が出てきます。三保松原にいた天女は、白だったのかはたまた黒だったのか。月は満月ではなかったかもしれません。ぜひ考えてみてください」(佐野)

【プロフィール】
(右)佐野 登/宝生流能楽師
シテ方。宝生流18代宗家宝生流英雄に師事。能の5流派のうち、重厚な演技を得意とする宝生流をけん引する能楽師。「翁」、「石橋」、「道成寺」、「乱」など難易度の高い大曲を被く。国内外での演能活動や謡曲・仕舞の指導を中心に、学校教育における伝統文化継承の授業も実施。www.nohgaku.jp

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(左)坂本光則/ビジュアルアーティスト
スチール写真や映像、グラフィックなど多岐にわたり活躍。日本の伝統文化に関心をもち、佐野氏を撮影した『MAI』では、固定化された伝統芸能の写真観を打破する革新的な表現で評価される。またポートレート撮影を得意とし、ニューヨークで写真展を行うなど世界を舞台に活動中。www.mitsunorisakamoto.com

photo: Mitsunori Sakamoto, Discover Japan(portrait), text: Discover Japan