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紀伊半島|奈良・三重・和歌山 クリエイティブの可能性を広げる地方移住

2018.2.9 PR
紀伊半島|奈良・三重・和歌山 クリエイティブの可能性を広げる地方移住
森 幸太郎さん(写真右から2番目) 木造ヨットの製造会社へ勤務後、奈良県立高等技術専門校家具工芸科へ。
その後、徳永家具工房へ弟子入りし鉋技術を習得。下市町地域おこし協力隊として移住し、任期後の現在も在住

近年、全国各地で移住というキーワードは身近になってきている。
スローライフや隠居、妥協などのマイナスイメージはすでになく、
やりたいことを叶える、可能性を広げるために地方へと移住する人が増えている。
今回、紀伊半島は奈良・三重・和歌山へ移住という手段を選び、
自らの可能性を広げた3人を通して、本来の移住の在り方、魅力に触れていこう。
2月24日(土)には、今回紹介する3人の移住者によるトークイベントを開催。
直に話が聞けるチャンスをぜひお見逃しなく。(イベント情報はページ下部を確認)

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兵庫県の徳永家具工房にて、鉋仕上げの家具技術を学んだ森幸太郎さん。その工房で注文を受けた家具に用いる材料として指定されたのが吉野杉。これが、鉋仕上げの吉野杉を使用した家具を広める奈良県下市町での暮らしをはじめるきっかけとなった。
「傷がつきやすいという理由で吉野杉は家具の材料としては使われてきていなかったんです。けれど使うほどに艶を増す鉋仕上げで生まれる木目の美しさは、繊細で多彩な表情をもつ吉野杉にこそ最適だと感じましたね」。こうした吉野杉の美しさを伝えたいと、徳永家具工房と奈良県によるプロジェクトが進み、吉野杉の鉋仕上げを学ぶ研修施設兼家具工房である下市木工舎「市ichi」の代表として森さんが下市町へと移住することになったのだ。
「鉋仕上げという、失われつつある職人技を普及し、吉野杉の魅力も伝える役割を担うことにもなりましたが、よりいっそう家具と向き合うことにつながりましたね。さらにいえば、そこから下市町の特産品として、この場所を日本各地に、そして世界に広めようという思いも生まれました」と森さん。

現在、森さんは地域おこし協力隊の任期を終え、下市木工舎「市 ichi」の代表を、森岡誠人さん(写真左)にバトンタッチ。「まだ研修施設としても、家具工房としても発展途上。地域おこし協力隊の任期も終わりましたが、この思いを完成させるため、家具職人として下市町で手伝っていきます」と森さん。割り箸発祥の地ともいわれ、林業や木工業が盛んな下市町を、家具工房の里へと成長させる。「ここから独立する人が、そのまま下市町に工房を構えてくれればうれしいですね」と移住先での想いを語った。

浅田克哉さん 地域おこし協力隊として移住。前職の経歴を生かし、パッケージデザイン、商品企画などを担当。
あぶりPRの拠点施設「網元ノ家」を立ち上げ、現在は生産数を高める加工場を改修中

大阪の会社で、デザイン室長として商品パッケージなどのプロデュースを行っていた浅田克哉さん。仕事自体は楽しんでいたが、デザインだけではなく、前段階の企画や完成商品の販路、商品自体のプロデュースにも魅力を感じていたという。自分自身の可能性を広げようとしていたときに出合ったのが三重県尾鷲市の地域おこし協力隊募集の知らせだった。
「尾鷲市は〝梶賀のあぶり〞のトータルプロデュースというお題目があり、これは自分のスキルを生かすことができるし、それ以上にやれることがあるなと応募することにしました」と移住のきっかけを話してくれた。
あぶりのプロデュースに対し、パッケージデザインの変更はもちろん販路拡大のために空き家を活用した「網元ノ家」を開設。購入に訪れた人だけでなく、地域の人のコミュニティスペースとしても活用されているのが特徴だ。「梶賀で暮らし、あぶりに携わる地域の人との交流を深める中でやるべきこと、やりたいことは増えていく一方です」と話す。

生まれ育った大阪を離れ、新たに居を構えた梶賀を「第2の故郷」と愛を込めて呼ぶ浅田さん。「移住って、それまでの暮らしや人脈を捨てるわけではないんですよね。むしろ暮らしの豊かさや人脈を広げられる手段のひとつが移住だと思っています」。協力隊仲間や町民らとともに地域商社を立ち上げ、あぶりの生産工場もつくるまでに至ったが、あぶりのプロデュースは続くという。「梶賀の人や暮らしのよさを伝えるためにもっとできることがあると考えています。そのために梶賀に拠点をもちながら、また新しい場所へ行くこともアリかなと。それこそが移住の魅力ですし、そこで手にしたものを梶賀に返すこともできますから」。

中島英介さん テレビ番組制作会社のディレクターから、現在は映像制作事業所の「扇松屋龍神」を立ち上げてフリーランスで活躍。
移住をきっかけにはじめた木工芸でも才能を発揮し、展覧会にも出品

「東京での仕事や暮らしに不満はありませんでした。ただ、妻や子どもとの時間をつくれていなかった」。日本全国の地方を訪れ、さまざまな生活環境や暮らしぶりを、忙しい仕事を通して肌で感じてきた中島英介さん。そのなかでも、移住という選択肢は生まれず、地方での暮らしが家族との時間を育むとは感じていなかったと話す。
「龍神村で出会った夫婦や住民の『村全体が親で、みんなで子どもを育てている』という言葉が移住のきっかけです。家族とのつながりや絆、父親としての責任。そうした役割というか答えがあるこの村なら、暮らし自体が変えられるかも……と思えたんです」

移住の一番の目的でもあった家族とのつながり、父親としての役割はどう変わったのか。「ロケで家を空ける時間は変わりませんが、編集作業を自宅でしているので家族との時間は格段に増えました。熊野古道を撮るというライフワークも生まれ、それを子どもと一緒にできるというのもなんだか新鮮です」と話す中島さんだが、自身の変化にも驚いているという。「東京では人づき合いがよい方ではなかったのですが、ここでは正反対。学校の役員になったり、パパ友とバンドを結成したり、率先してみんなを巻き込んでいる。仕事、家族、地域とのつながり。すべてを楽しんでいる自分がいます」。家族とのつながりを育む新しい暮らしの時間。余暇を楽しむのではなく、暮らしそのものを楽しむための移住が、中島さんが求めたものだったのだ。

誌面で登場した移住者たちによるトークイベントを開催します!

日時:2018年2月24日(土)
17:00 ~ 18:00(開場は30分前)、18:00 ~ 19:00(懇親会)
場所:SHIBUYA CAST. SPACE 住所:東京都渋谷区渋谷1-23-21
参加料金:1000円(交流会参加費含む)
出演者:
奈良県/森 幸太郎さん(家具職人)
三重県/浅田克哉さん(地域おこし協力隊・デザイナー)
和歌山県/中島英介さん(映像制作)
ファシリテーター:小誌統括編集長 高橋俊宏

トークイベントへの申し込みはこちらから
http://eventregist.com/e/kiihantou_2nd-event